2025-11-20

【サンクゼールワイナリー】



「地元のりんごを、世界に誇れる一杯へ」

——サンクゼールが紡ぐ、人と発酵の物語——

サンクゼール醸造チームリーダー・山崎直宏さんが語る、丘の上のシードルづくり

長野県飯綱町。
りんご畑が広がるこの美しい丘の上に、サンクゼールのワイナリーは佇む。
創業から約35年。ジャムから始まったこのブランドは、
いまやワイン、シードル、ブランデーへと広がり、地域の誇りを支える存在となっている。


Ⅰ. 丘の上のシードルづくり —— 発酵とブレンドの現場から


そのサンクゼールで、いま現場の味をつくっているのが、醸造チームリーダーの山崎直宏さんだ。
生物学出身の彼は、酵母や微生物の世界に深く通じ、日々タンクの前で発酵と向き合っている。

——「いろんな酵母で発酵させた原酒を混ぜると、味わいに厚みが出るんです。」

1つの商品を完成させるまでに、5回以上のブレンド調整を行うこともある。

——「多い時は試作を重ねて、最後は微調整をして、みんなで決める。
サンクゼールはチームで味を作っています。
毎年、昨年よりもおいしいシードルをお届けできるように、
何度もブレンドを繰り返して、いちばん美味しいシードルを届けられるように試行錯誤しています。」

低アルコールで発酵が穏やかなシードルは、温度や菌のコントロールにとても敏感だ。
10〜12℃の低温で冬の間じっくり発酵を進め、香りと味わいのバランスを整えていく。

——「ちゃんと管理しないと、空気に触れて味わいが悪くなっちゃう。
寒い時期だからこそ、発酵が穏やかに進んで、香りもやわらかく、味わいに深みが出る。」

こうして生まれるシードルは、りんごのやさしい酸味と自然な甘みが共鳴する。

一口飲めば、飯綱の風がそっと吹き抜けるような透明感が立ちのぼる。
使用するのは、サンクゼール本社のある飯綱町で育つ高坂、ふじ、ブラムリー、メイポール、ベル・ド・ボスクープなど、個性豊かなりんごたちだ。

——「栽培の腕が確かなりんご農家さんたちが育てるりんごは、本当に素晴らしいんです。」
と山崎さんは語る。

人口1万人の小さな町・飯綱町は、全国のりんごのおよそ1%を生産する。

「地元のおいしいリンゴをおいしいシードルに仕上げて、町を元気にしたい。」

その言葉どおり、地元のりんごは発酵の力を借りて、世界に誇れる一杯へと姿を変えていく。

サンクゼールのシードルは、筆者が審査員を務める日本シードルマスター協会主催「JAPAN CIDER AWARDS」をはじめ、さまざまなコンテストで輝かしい受賞歴を重ねている。
シードルは通常オンライン販売されているが、夏季は品質管理の観点からオンライン販売を一時停止する。

「おいしさを守るために、あえて売らない季節をつくる」
こんな選択にも、ものづくりへの真剣さがにじむ。

醸造チームリーダー 山崎直宏さん

Ⅱ. 生ジャムからアップルブランデーへ —— “夢の丘”をつくった夫婦の物語

すべての始まりは、創業者・久世良三さんとまゆみ夫人が営んだ小さなペンションだった。
朝食に添えたまゆみ夫人の手づくりジャムが評判となり、二人は本格的なジャムづくりへ踏み出した。
糖度50〜55度という素材感を大切にしたそのジャムは、JAS規格には当てはまらない。
それでも “果実そのままのおいしさを届けたい” と、二人はそれを「生ジャム」と名付けて世に送り出した。

やがて、念願の新婚旅行を兼ねて、フランスのノルマンディー、ボルドー、ブルゴーニュを訪ねる。
田舎であっても誇りを持って暮らす人々と、果樹園やぶどう畑が育む文化に深く心を動かされ、

「人と人がリスペクトし合う関係を大切にしたい」という信念が芽生えた。

帰国後、長野県三水村(現・飯綱町)の村長との出会いを経て、“夢の丘”の構想が動き出す。
1988年、丘の上にジャム工場とレストランを建て、ワイン造りも本格化させた。
その歩みは、りんごのシードルやアップルブランデーへと広がっていく。

アップルブランデーは、夫妻が長年抱いてきた夢だった。
ノルマンディーで見たりんご畑と蒸留所の風景が、その願いに確かな輪郭を与え、
2015年には地方創生事業としてりんご蒸留酒プロジェクトが始動する。

丁寧に発酵させたシードルを蒸留し、原料の10分の1に凝縮された琥珀の滴には、
飯綱のりんごと、二人の夢が静かに息づいている。

「私の歩み」——良三さんが『週刊長野』に28回にわたり連載した記事を一冊にまとめた著作。
そして、「The Apple Jam Miracle リンゴジャムの奇跡」——まゆみさんが子どもたちに向けて書いた温かな絵本。

二冊を読み進めるうちに、私はサンクゼールという企業の“温もりの原点”に触れているのだと気づいた。

そこに描かれていたのは、決して順風満帆な日々ではない。
ペンション経営に追われ、子どもが病気のときも付き添うことができなかったまゆみさん。
忙しさの最中、その寂しさに気づけずにいた良三さん。

やがて、まゆみさんは心身の疲れが重なり、しばらく実家へ戻ることになる。

離れて過ごす時間の中で、良三さんは初めて気づかされることになる。
どれほど彼女の存在に支えられてきたのか。
どれほどその想いに甘えてきたのかを。

まゆみさんもまた、家族と過ごす時間のなかで心を整え、
“もう一度、彼とともに歩もう”という気持ちを固めて戻ってくる。

再び向き合ったとき、ふたりのあいだには、以前よりも静かで強い絆が生まれていた。
それは、夫婦としてだけでなく、人生を共に築く“同志”としての信頼へと深まっていったのだ。

経営が最も厳しかった時期、良三さんは「もし会社が倒産しても家族に迷惑がかからないように」と、
まゆみさんに別々の道を提案したこともあった。

その言葉に対して、まゆみさんは静かに、しかし揺るがぬ意志でこう返した。
——「とんでもない。こういうときこそ、私はあなたを支えます。
会社と結婚したのではなく、あなたと人生を歩もうと思って結婚したのだから。」

良三さんは後に、「まゆみさんは、この時初めて自分を頼ってくれたのだと、嬉しく感じていたようだった」と振り返っている。

このひと言は胸の奥に深く残った。
困難のときこそ寄り添い、信じ合う——。
その姿こそ、サンクゼールの“おもてなし”の根に流れている精神なのだと感じた。
こうして育まれた価値観は、やがて仕事や組織づくりの場面でも揺るぎない指針となっていく。

さらに本には、もうひとつ象徴的なエピソードが綴られている。

海外で年間売上10億円規模の事業が動いていた頃のこと。
取引先の担当部長の高圧的な対応によって現場のスタッフが傷ついていると知り、
良三さんは「このままでは対等な関係、いい仕事はできない」と判断する。

何度も話し合いを重ねた末、ついにそのプロジェクトからは撤退する決断を下した。

「人と人は対等であり、リスペクトがなければ成功はない」——。
その言葉には、利益よりも“人の心”を大切にする姿勢が一貫して流れている。

サンクゼールが長く愛されてきた理由は、まさにこの“人への誠実さ”にあるのだと思う。

Ⅲ. 丘に香る“おもてなし” —— 人の温度をまとった一杯へ

取材を終えた翌日、どうしてももう一度、あの丘に戻りたくなった。
胸の奥に残った余韻が、あの景色と建物にもう一度触れたいと静かに背中を押した。

チャペルの横を抜け、丘を見渡すレストランへ向かう。
そこで話しかけて下さったスタッフの方に「兵庫から来たんです」と伝えると、
デザートプレートには “兵庫からようこそ” の文字。
そのささやかな心遣いに、胸がじんわりと温かくなる。

創業者ご夫妻が大切にしてきた「お客様を家族のように迎える」という想い。
それが今も、スタッフ一人ひとりに自然と受け継がれていることを
この瞬間、肌で理解した気がした。

偶然にもその日、創業者の久世良三さんとまゆみ夫人が
ご友人とレストランで会食をされていた。
お二人は柔らかな笑顔で写真撮影に応じてくださり、さらにご著書まで手渡してくださった。

ページをめくるたび浮かび上がるのは、順風満帆ではなかった日々を互いを信じ、支え合いながら歩んできた二人の姿。

この丘で働く人たちにも、同じ空気が流れている。
畑で風に向き合う人。
工場で発酵に寄り添う人。
レストランで温かな言葉を添える人。
誰もが胸の奥に、
「この丘を大切にしたい」という思いを灯している。

お世話になった女性スタッフさんが語ってくれた言葉が、今も心に残っている。
——「私たちの仕事は、ひとりでは完成しません。
チームの一人ひとりの思いが、味わいに滲むんです。」

仲間の努力や姿勢をまっすぐ尊重し、その想いを丁寧に受け取ろうとする真摯なまなざし。
この在り方こそが、サンクゼールの丘を満たす空気そのものだと思う。

ここで生まれるシードルやワイン、そしてジャムの優しさの奥には、
原料だけでは語りきれない “人の温度” がある。
だからこそ、口にした瞬間、どこか懐かしくて、温かい。

この丘で過ごした時間は、取材という枠を超え、心に刻まれる大切な出会いになった。

創業者ご夫婦の「お客様を家族のように迎える」という想い。
実直でひたむきな山崎さん率いる醸造チームの“りんごと真摯に向き合う姿勢”。

そして、現場をそっと支え、思いやりの心で全体を結ぶスタッフたち。

この丘には“愛と誇り”が、息づいている。
だからここで生まれるシードルやワインは、単なる飲み物ではなく、
“人と人を結ぶ贈りもの” なのだと思う。

りんごの香りに包まれたあの日の記憶は、
今も静かに、心の中で泡のようにきらめき続けている。

久世夫妻と筆者

 

【この記事を書いた人】
Mami|シードル発信者/シードル&ワイン検定講師
日本シードルマスター協会会員
JCMAシードルアンバサダー、シードル審査員として活動。
JSAワインエキスパート、WSET® Level 3 をはじめ、複数のワイン資格を保有し、
日本酒資格 JSA SAKE DIPLOMA も保有。

自身の、“体にやさしく、心に寄り添う一杯”としてのシードルに励まされた経験を原点に、
「シードルの魅力と造り手の情熱を、もっと世の中へ」をテーマとしている。
現在は、シードルとワインの世界を
やさしく・分かりやすく・楽しく伝えることを使命に、審査・教育・発信の分野で活動中。


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