2025-11-20

【林檎学校醸造所】


林檎学校醸造所

りんごの樹の下で

——挑戦と遊び心で未来を醸すシードルリー。——

日本シードルマスター協会 代表理事・林檎学校醸造所 代表 小野司

長野県・飯綱町。
かつて地域の子どもたちを育てた学び舎を改修した小さな醸造所から、
日本のシードルを次の段階へ押し広げようとする造り手がいる。

林檎学校醸造所 代表・小野司。
IT・経営・発酵学を掛け合わせ、既存の枠にとらわれず挑戦を続ける
醸造家であり、教育者であり、文化を未来へつなぐ継承者でもある。

日本シードルというフィールドにおいて、
りんごの魅力を最大限に引き出そうと、
実験と挑戦を重ねる稀有な造り手の一人だ。

彼のシードルには、りんごと自然への深い敬意、
そして「人と発酵が共に育つ」という揺るぎない哲学が宿る。
その一杯は、りんごと時間と人が奏でる、静かで力強い物語だ。


■Ⅰ.りんご畑で芽吹いた原点

春には白い花が咲き、秋には赤い実が灯る町で、
小野少年はりんごの木の上から空を見上げて育った。

高い枝の上から眺める景色が好きだった。
「畑が全部、家みたいに感じて落ち着いたんです。」
畑はただの遊び場ではなく、誰の基準でもなく
自分の感覚で世界を測れる場所だった。
落ち着けたのは、そこに自由があり、未来を思い描く余白があったからだ。

落ちたりんごを拾って小遣いを稼ぎ、コンテナで迷路をつくり、木陰で昼寝をする。
りんご畑は遊び場であり、世界そのものだった。

光が傾くたびに赤が金色へ変わる光景に触れながら、少年の中にひとつの種が芽生える。
「いつか、自分の手で何かを生み出したい。」
その小さな種が、後の小野司を形づくる原点となった。

■Ⅱ.世界を学び直し、仕組みを見る眼を得る

高校時代、小野が打ち込んだのはギター。
仲間と音を合わせる時間が世界を鮮やかにした。
卒業後、地元の半導体メーカーに就職した。
しかし決められた工程を繰り返す日々は、未来へ向かう道が見えなかった。

「このまま与えられた事を日々こなすだけでは、自分の心は満たされない」
そう感じた小野は、一年で退職し、自ら学び直す道を選ぶ。

通信制大学で経営情報学を、専門学校でプログラミングを。
機械やシステムの仕組みを 自分の手で解きほぐし、再構築していく学びは、
のちの発酵理解に通じる思考回路を育てた。

「知ることは、未来を広げる行為だ。」
その感覚は、彼にとって確信だった。

やがて小野は上京する。
プログラマー、エンジニア、ITコンサルタントと、
現場を次々に渡り歩きながら仕組みをより良くすることを止めなかった。
肩書きが変わっても一貫していたのは
「もっと良くできる、未来は、もっと先にある。」
その思考が、中小企業診断士の資格取得へとつながる。

都市で働きながらも、彼の胸の奥にはいつも故郷のりんご畑があった。
現状に留まらない眼が、やがてひとつの決断を引き寄せる。

林檎学校醸造所代表 小野司さん

■Ⅲ.シードルの未来をつくる ― 協会設立と新たな挑戦 ―

2005年、六本木ヒルズ脇の農業実験レストラン「六本木農園」で開催されたマルシェに、実家のシードルを並べた。
「シードルって何?」と首をかしげた来訪者が、一口飲んでふっと笑顔になる。

――りんごには、人の心をやわらかくする力がある。
その瞬間、小野は確信した。
この飲みものには、まだ開かれていない未来がある、と。

2015年、一般社団法人日本シードルマスター協会を設立。
翌年には日本最大級のイベント「東京シードルコレクション」を開催し、全国のつくり手と都市を結んだ。

「シードルの居場所をつくりたかった。」
その言葉どおり、多くの造り手が東京で評価される扉が開かれた。


しかし2016年、帰省した小野を父のひと言が迎えた。
「もう、シードルを造れなくなった。」
委託先ワイナリーの老朽化により、仕込みが不可能となったのだ。

それは父と息子が積み重ねてきた未来がこのままでは途切れてしまうことを意味した。
そう思った瞬間、小野は決めた。
「ならば、自分たちで造ろう。」

2017年、「北信五岳シードルリー株式会社」を設立。
醸造場所を求めて訪れた飯綱町役場で提案される。
「廃校を使ってはどうか。」
古い黒板に射す光、窓の向こうに広がる果樹園。
その景色は直感となり、未来の形を指し示した。
「ここに“林檎学校”をつくろう。」

2018年、飯綱町ビジネスプランコンテスト最優秀賞。
廃校の使用権を得て、林檎学校醸造所は本格始動した。
2019年、果実酒製造免許を取得。

ふじとグラニースミスで仕込んだファーストヴィンテージは、
イベントで瞬く間に完売した。

■Ⅳ.瓶内三次発酵と、りんごを使い切る哲学

2021年、コロナ禍でイベントが途絶え、飲食店もお酒を扱えなくなり、行き先が無くなったケグ(※)詰めのシードルの在庫を抱えたある日。

ケグから瓶へ詰め直していると、驚くほど深く複雑な味わいが生まれていることに気づく。
偶然のようで、必然だったのかもしれない。
ここから林檎学校醸造所独自の 「瓶内三次発酵」 が確立していく。

一次発酵──酵母が目覚め、アルコールが生まれる。
二次発酵──瓶の中で細かな泡が立ち上がる。年月を経て瓶底の酵母は自己分解し、旨味と熟成感に変わる。
三次発酵──微生物が再び動き出し、時間が香りと奥行きを重ねる。

「三度目の発酵は、時間との対話」

理論と感性のあいだを往復する工程は、即興演奏のようでもあった。

※ケグ・・・お酒を酸化させずにフレッシュなまま提供するためのPET製樽型容器


小野は 「りんごを余すことなく使い切る」 ことを信念としている。
搾りかすは
・リンゴレザー®️
・ペット用おやつ
・アップルフレーバー紅茶の原料
などへと姿を変え、命の循環が無駄なく続いていく。

「りんごは、最後の最後まで活かせる果実です。
命を余すことなく使う。それが僕の責任だと感じています。」
これは単なるサステナブルではない。
りんごの命に敬意を払い、“やさしさを形にする哲学”であり、林檎学校醸造所の根幹にある精神でもある。

■Ⅴ.高坂りんごとアップルジャック ― 土地の記憶を継ぐ酒

醸造所の前には、飯綱町で300年以上栽培されてきた和りんご「高坂林檎」の木が立っている。
シードル等に活用できる和りんごが現存する地域は、日本にわずか三ヶ所のみ。

高坂林檎は この飯綱町に根を下ろしている希少な品種だ。
生で齧れば渋みを残すが、シードルへ仕込むと旨味と香りが際立つ。

華やかさよりも土の匂い、風の湿度、冬を越える硬さ──
まるで土地の記憶をそのまま含んだ果実のようだ。

「りんごは、土地の記憶を持っている。」
そう語る小野は、この古い木を未来へつなぐため、 地元農家と協力して栽培を広げている。

一方で、小野の挑戦は古い木に寄り添うだけに留まらない。
凍結濃縮法で造るアップルジャックは、ふじ100%。

500mlで5,000円を超える贅沢な一杯。
4年の試行錯誤が詰まったその味わいは、日本のシードルにおける一つの頂とも言える。
この酒を造れるのは、日本においては小野だけだ。

■ あとがき りんごの花が咲く場所で

校舎の前に白い花びらが雪のように舞う季節、林檎学校醸造所には発酵の微かな音が響いている。

子どもたちの笑い声、タンクの奥で立ち上る泡、瓶の中で続く静かな動き。
それは、りんごがまだ生きているという証だ。

「発酵って、人と同じなんですよ。
何度でも変われるし、何度でも育つんです。」

りんごの命は木の上だけで終わらない。
人の手で“醸され”、新しい物語となって未来へ渡されていく。

りんごを通じて人と人がつながり、
思いやりと創造が交わる場所。

そこに息づくのは、小野司の信念――
「楽力幸醸」楽しむ力が、人を幸せにし、その場を醸していく力になるという考え方。
「美酒共創」美しいお酒を、つくり手・伝え手・飲み手が一緒に創りあげるという理念。

今日も林檎学校醸造所では、
りんごと人の未来をつなぐ“美しい発酵”が静かに息づいている。

 


【この記事を書いた人】
Mami|シードル発信者/シードル&ワイン検定講師
日本シードルマスター協会会員
JCMAシードルアンバサダー、シードル審査員として活動。
JSAワインエキスパート、WSET® Level 3 をはじめ、複数のワイン資格を保有し、
日本酒資格 JSA SAKE DIPLOMA も保有。

自身の、“体にやさしく、心に寄り添う一杯”としてのシードルに励まされた経験を原点に、
「シードルの魅力と造り手の情熱を、もっと世の中へ」をテーマとしている。
現在は、シードルとワインの世界を
やさしく・分かりやすく・楽しく伝えることを使命に、審査・教育・発信の分野で活動中。


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